はじめに
ヤクルトと同様のアプローチで、NPBで「フランチャイズ・フォー」と同様の企画が実施された場合、
RCAAまとめblogとしてはどういった選手に投票するか、データを基に独断と偏見を交えて考えてみました。
今回は第13弾として、「
大阪近鉄バファローズ」の歴代選手TOP4を選出します。
おおまかな選出の方針
・「同ポジションの平均的な控え選手に対し、どの程度利得を作れたか」(=WAR)を基軸に評価。
・基本的には通算成績の優劣で決定。長くチームに貢献した選手を優先する。
・通算成績がほとんど横並びの場合、全盛期の優劣で決定。
・「球団史上」なので、MLB期間の成績については一切考慮しない。
以上を踏まえて、RCAAまとめblogが選出した「大阪近鉄バファローズ最高の4人」は以下のようになりました。
大阪近鉄バファローズ史上最高の4人
□鈴木啓示[投手/20年/1966-1985]

近鉄史上唯一の200勝投手。通算317勝は2位の佐々木宏一郎(113勝)を200勝以上上回る球団史上最多記録。
キャリア全体で平均的な投手に対して+308点の投球利得を稼ぎましたが、こちらも球団史上最高値。
ルーキーイヤーの1966年には19歳で10勝をあげ、以降本拠地が藤井寺球場に移転するまで近鉄のエースとして活躍しました。
若手時代は本格派として奪三振王を8回獲得、晩年には制球を磨いて技巧派に転向して無四球試合通算記録も達成しており、
投球スタイルの変遷こそあったものの、キャリア全体を通じてストライクゾーンの支配力は天下一品だったようです。
被本塁打は同時代の平均と比べても明らかに多く、通算被本塁打数の世界記録(560HR)も保持しています。
広い球場ではなかった日生球場の影響も否定できませんが、生粋のフライボールピッチャーだったのではないかと考えられます。
被安打に占める被本塁打の割合13.9%(560/4029)は100勝投手132人中8番目に高い値で、痛打される割合は高かったようですね。
鈴木の引退以降、300勝投手はNPBから姿を消しました。おそらくもう二度と現れないのではないでしょうか。
□土井正博[左翼手/14年/1961-1974]
※守備位置補正は守備位置補正RCWINの方法で算出しました。「守RCAA」は球場補正を含めた守備位置補正RCAAを示します。近鉄において最も多く四番打者を務めた「元祖無冠の帝王」。通算960打点は球団史上最多。
太平洋に移籍するまでの13年間において、同ポジションの平均的な選手(左翼手)に対して+199点の打撃利得を稼ぎました。
ホームランバッターでありながら三振が非常に少ない打者であり、全盛期には安定して打率3割以上をキープしました。
HR数が三振数を上回るシーズンも2度経験したほか、通算777三振は400HR打者の中では長嶋茂雄に次ぐ少なさです。
ただし鈍足のプルヒッターの宿命と言うべきかBABIP傑出はあまり高くなく、(キャリア通算で野手平均に対して0.98倍)
高い安定感を誇りながら首位打者に届かなかったのは、打席の左右こそ違いますが後年の前田智徳と被るように感じます。
現代では「18歳の四番打者」という触れ込みで紹介されることも多く、土井本人も
インタビューでそう語っていますが、
スタメンアーカイブさんによると、18歳時に相当する1962年において公式戦での四番先発出場は確認できませんでした。
1963年に19歳で四番打者を務めたのは間違いないようですが、誰か詳細を知っている方はいらっしゃいますでしょうか。
(ちなみに土井は1943年12月8日生まれ。表の年齢は該当年中に迎える満年齢であり、当時の実年齢とは必ずしも一致しません。)
□タフィ・ローズ[左翼手・右翼手/8年/1996-2003]

※守備位置補正は守備位置補正RCWINの方法で算出しました。「守RCAA」は球場補正を含めた守備位置補正RCAAを示します。いてまえ打線不動の3番打者。在籍年数は8年ながら、通算288HRは中村紀と土井に次ぐ球団史上3位。
同ポジションの平均的な選手(左翼手・右翼手)に対して+247点の打撃利得を稼ぎました。こちらは球団史上最高値。
3度の最多三振が示すように非常に三振の多い打者でしたが、打率と本塁打を両立する打者であった点は土井と共通しています。
三振を少なく抑えることで打率を高くキープしていた土井とはメカニズムが異なり、ローズは広角に強い打球を放つために、
守備側の対策が難しかった(=適性BABIPが高かった)のが高打率を維持できた要因であるようです。
2001年には当時のNPBタイ記録であるシーズン55HRを記録しましたが、得点と本塁打のパークファクターを見る限りでは、
近鉄の本拠地である大阪ドームはむしろピッチャーズパーク寄りの球場だったことは、あまり指摘されていない気がします。
ローズの偉業もそうですが、優勝チームとしては異質とも言える投打のチームバランスの壊れ具合も更に際立つ印象です。
□中村紀洋[三塁手/13年/1992-2004]
※守備位置補正は守備位置補正RCWINの方法で算出しました。「守RCAA」は球場補正を含めた守備位置補正RCAAを示します。いてまえ打線不動の4番打者で通称「ノリさん」。通算307HRは土井正博を上回る球団史上最多記録。
MLB挑戦までの13年間において、同ポジションの平均的な選手(三塁手)に対して+144点の打撃利得を稼ぎました。
1980年代以降は三塁守備の相対的な地位低下に伴い、「一塁手兼三塁手」という選手が多く生まれるようになりましたが、
中村紀はそういった選手とは一線を画す、守備でもチームに貢献できる古いタイプの「純然たる三塁手」だったようです。
高い内野守備能力を買われて遊撃手として起用されたこともあり、特に1995年は18試合において遊撃先発出場しています。
2001年には同僚のローズと合計101HRを記録するなど日本を代表するホームランバッターとして鳴らしましたが、
NPB復帰後は三振を減らして中距離打者にスタイルチェンジし、ジャーニーマンとして40代まで現役生活を続けました。
中日とDeNAでの二度の復活を経た上で達成した2000本安打は見事というほかありません。
次点
□野茂英雄[投手/5年/1990-1994]
ご存知、MLB移籍への道を切り開いたパイオニア。4年連続最多勝タイトルは2リーグ分立後では最長記録。
球団歴代2位に相当する平均的な投手に対して+126点の投球利得を稼ぎました。在籍年数を考えると驚異的な成績です。
当時の平均に対して66%多く三振を奪いながらも、同時に44%多く四球も与える破天荒な投球スタイルが最大の特徴でした。
1年目に記録した奪三振率10.99は当時のNPB記録であり、石井一久に更新された現在もパリーグ記録として残っています。
(2015年には大谷翔平が奪三振率10.98を記録し、この数字にあと一歩のところまで迫りました。)
□羽田耕一[三塁手/18年/1972-1989]
西本監督時代における不動の三塁手。通算1504安打は球団歴代5位。
打撃に関しては三塁手平均を下回っており、同ポジションの平均的な選手(三塁手)に対して
-104点の打撃利得を稼ぎました。
羽田が三塁手レギュラーを務めた13年間(1973年-1985年)において、近鉄は三塁手補殺RRFで8度のリーグNo.1の数値を記録。
三塁守備が現代と近いスタイルになりつつあったと見られる1970年代以降では、最大の三塁守備貢献を叩き出しています。
GG賞は1度のみで世評は伴っていませんが、オールタイムゴールデングラブ三塁手である可能性の高い選手ではないでしょうか。
□小玉明利[三塁手/15年/1953-1967]
近鉄黎明期のホットコーナーを守った好選手。通算1877安打は球団歴代最多記録として球団消滅時まで残りました。
同ポジションの平均的な選手(三塁手)に対して+127点の打撃利得を稼ぎました。
黎明期の攻撃力が低迷する近鉄において、現在までお馴染みの関根潤三とコンビを組み中軸打者として長く活躍しました。
本塁打はあまり多くありませんが、安定した高打率に加えて二塁打と三塁打が多いラインドライブヒッターだったようで、
現代で言えば長野久義が近いかもしれません。打低時代が長く続いた当時のパリーグでは、打率3割6回は立派な記録です。
□大石大二郎[二塁手/17年/1981-1997]
藤井寺時代に長く活躍した近鉄史上最高のリードオフマン。通算415盗塁は球団歴代最多。
打撃能力も二塁手としては高水準で、同ポジションの平均的な選手(二塁手)に対して+96点の打撃利得を稼ぎました。
「世界の盗塁王」と呼ばれた福本豊の連続最多盗塁タイトルを13年連続でストップさせた選手であり、
通算415盗塁はNPB史上歴代7位、盗塁により稼いだ得点利得(wSB+)28.8点はNPB史上歴代8位に位置する記録です。
一番先発出場1245試合は球団史上最多であり、NPB全体で見ても歴代4位の記録でした。(参考:
スタメンアーカイブ)
□大阪近鉄バファローズ簡易oWAR10傑+羽田耕一[-2014]
順位 | 選手名 | 守備 | 実働期間 | 年数 | 試合 | 打席 | 打率 | HR | 打点 | 盗塁 | RCW | 球場補正 | POS補正 | 守RCW | oWAR | |
1位 | 土井正博 | 左翼 | 1961-1974 | 14年 | 1644 | 6676 | 0.289 | 305 | 960 | 64 | 29.66 | -0.43 | -7.69 | 21.55 | 43.8 | ★ |
2位 | T.ローズ | 左翼 | 1996-2003 | 8年 | 1081 | 4774 | 0.289 | 288 | 824 | 80 | 26.89 | 0.01 | -2.07 | 24.83 | 40.7 | ★ |
3位 | 小玉明利 | 三塁 | 1953-1967 | 15年 | 1790 | 7033 | 0.290 | 125 | 758 | 130 | 16.32 | -0.77 | -1.40 | 14.15 | 37.6 | 次 |
4位 | 大石大二郎 | 二塁 | 1981-1997 | 17年 | 1892 | 7709 | 0.274 | 148 | 654 | 415 | 6.82 | -3.68 | 6.11 | 9.25 | 34.9 | 次 |
5位 | 中村紀洋 | 三塁 | 1992-2004 | 13年 | 1383 | 5641 | 0.267 | 307 | 916 | 18 | 19.06 | -0.41 | -4.15 | 14.50 | 33.3 | ★ |
6位 | 小川亨 | 一塁 | 1968-1984 | 17年 | 1908 | 6686 | 0.284 | 162 | 633 | 141 | 14.43 | -1.01 | -12.15 | 1.27 | 23.6 | |
7位 | 栗橋茂 | 左翼 | 1974-1989 | 16年 | 1550 | 5349 | 0.278 | 215 | 701 | 105 | 14.66 | -1.96 | -8.74 | 3.96 | 21.8 | |
8位 | J.ブルーム | 二塁 | 1960-1964 | 5年 | 523 | 2011 | 0.321 | 46 | 254 | 25 | 12.65 | -0.29 | 1.17 | 13.53 | 20.2 | |
9位 | R.ブライアント | DH | 1988-1995 | 8年 | 773 | 3335 | 0.261 | 259 | 641 | 23 | 16.19 | -1.49 | -6.17 | 8.52 | 19.6 | |
10位 | 石井浩郎 | 一塁 | 1990-1996 | 7年 | 619 | 2541 | 0.300 | 133 | 398 | 7 | 15.14 | -1.40 | -5.46 | 8.28 | 16.8 | |
22位 | 羽田耕一 | 三塁 | 1972-1989 | 18年 | 1874 | 6584 | 0.253 | 225 | 812 | 98 | -4.54 | -1.98 | -4.21 | -10.73 | 11.2 | 次 |
※守備位置補正は守備位置補正RCWINの方法で算出しました。「守RCAA」は球場補正を含めた守備位置補正RCAAを示します。代替補正は600打席で2勝としました。□大阪近鉄バファローズ簡易投手WAR10傑[-2014]
順位 | 選手名 | 実働期間 | 年数 | 試合 | 先発 | 投球回 | 防御率 | FIP | 勝利 | 敗戦 | RSW | 球場補正 | 守備補正 | 補RSW | WAR | |
1位 | 鈴木啓示 | 1966-1985 | 20年 | 703 | 577 | 4600 1/3 | 3.11 | 3.22 | 317 | 238 | 35.45 | 2.61 | -5.20 | 32.86 | 94.2 | ★ |
2位 | 武智文雄 | 1950-1962 | 13年 | 401 | 253 | 2015 | 2.97 | 2.93 | 100 | 137 | -0.48 | 0.31 | 4.93 | 4.76 | 31.6 | |
3位 | 佐々木宏一郎 | 1963-1975 | 13年 | 505 | 271 | 2077 1/3 | 3.20 | 3.01 | 113 | 127 | 1.08 | 0.25 | 2.06 | 3.39 | 31.1 | |
4位 | 柳田豊 | 1975-1987 | 13年 | 403 | 247 | 1916 | 3.96 | 4.09 | 94 | 114 | 3.99 | 2.66 | -4.26 | 2.39 | 27.9 | |
5位 | 野茂英雄 | 1990-1994 | 5年 | 139 | 134 | 1051 1/3 | 3.15 | 3.14 | 78 | 46 | 9.45 | 2.31 | 0.95 | 12.71 | 26.7 | 次 |
6位 | 阿波野秀幸 | 1987-1994 | 8年 | 175 | 137 | 1089 1/3 | 3.49 | 3.48 | 67 | 56 | 7.83 | 2.39 | 1.21 | 11.42 | 25.9 | |
7位 | 神部年男 | 1970-1978 | 9年 | 293 | 162 | 1322 1/3 | 2.98 | 3.22 | 80 | 73 | 11.22 | -0.69 | -3.06 | 7.48 | 25.1 | |
8位 | 清俊彦 | 1968-1975 | 8年 | 315 | 153 | 1358 2/3 | 3.17 | 3.05 | 85 | 82 | 5.80 | -0.20 | -1.20 | 4.40 | 22.5 | |
9位 | 村田辰美 | 1975-1989 | 15年 | 400 | 211 | 1587 1/3 | 4.20 | 4.44 | 85 | 90 | -0.67 | 2.89 | -1.08 | 1.14 | 22.3 | |
10位 | 赤堀元之 | 1989-2004 | 16年 | 380 | 20 | 794 1/3 | 2.88 | 3.27 | 58 | 45 | 8.45 | 1.12 | 0.99 | 10.56 | 21.1 | |
※代替補正は控え投手勝率を.380と仮定して算出しました。巨 神 広 中 De ヤ ソ オ 日 ロ 西 楽 [近] 球団史上最高の4人を選ぶ
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