バントをしない"非攻撃型2番打者"? セリーグの犠打減少を考える
- 2016/07/05
- 06:00
“スモールベースボール”は古い? 極端に減少したセの犠打数(ベースボールキング)
ただ、今年のセ・リーグを見てみると、バントが極端に少ない。チーム別では37犠打の中日が最多で、
6球団合わせても181犠打だ。(中略)リーグ全体の犠打数も昨季(5月24日終了時点)が265、2014年が214、
2013年が235、2012年が241と、最近5年間では今季が最も少ない。
極端に犠打が少ない今季のセリーグ
以下はセリーグのチーム別犠打数です。比較のため2015年のデータも載せました。

打席数に占める犠打の割合は、全チームにおいて昨季から減少しています。
リーグ全体では2.3%から1.6%に減少しており、昨季比で30%ほど犠打が減少している様子が確認できます。
犠打は「意図すれば高い成功率で発生させることが出来る」「意図しなければ発生しない」ことから、
その増減に攻撃側の戦術的な意図が強く絡むという特殊な性質を持つため、
昨季から今季にかけて、各チームの犠打に対する意識に何かしらの変化があったと考えられます。
阪神とDeNAに関しては監督が交代しているため、新旧監督の好みの違いと解釈することもできますが、
監督が交代していないヤクルトと広島も犠打が大幅に減少しているのは興味深い点です。


次は2014年以前と比較します。上の図は1950年以降のセリーグの犠打/打席の推移です。
1950年のセパ分立以降は犠打の少ない状況が長く続きましたが、1980年前後に犠打を多く用いる戦術が普及し、
以降は現代に至るまで打席に対する割合で2.0%強の水準を維持しています。
1980年以降に限定すると、2016年は史上2番目に犠打の少ないシーズンとなっており、
今季の犠打の少なさは「近年と比較して」というレベルではなく、現代野球においては歴史的な少なさであるようです。
どの打順で犠打が減ったのか?
ブラウン監督により2番に抜擢された前田智徳が「2番打者の極意」を聞いて回ったという話は有名ですが、
日本の野球では「各打順に異なる役割が求められる」という固定観念が強いため、
攻撃側の戦術的な意図が絡むイベントである犠打の数は、打者の出場打順と密接な関わりを持っています。
具体的にどの打順において犠打の数が減少したのでしょうか?
いつもお世話になっているプロ野球ヌルデータ置き場さんで各チームの打順別の打撃成績が確認できるため、
2015年と2016年における各チームの打順別の犠打/打席を調べました。


DH制を採用していないセリーグでは、9番は実質的に投手専用の打順となっています。
犠打が得点期待値を下げるというのは広く知られている通りですが、一般的に投手は打撃が悪く、
犠打をしない方が得点期待値の毀損が大きくなると考えられるため、9番打者の犠打が多くなるのは合理的な傾向でしょう。※
昨季は2番打者がその9番打者に匹敵する割合で犠打を量産したのに対して、
今季は2番打者の犠打が激減している様子が見て取れます。
今季の2番打者の犠打割合は巨人の4.5%が最高値ですが、昨季でこれを下回るのはヤクルト(3.3%)だけという状況です。


こちらは2006年から2016年のリーグ全体の打順別の犠打/打席の推移です。
ラビットボールの余波が残る2006年を除けば、2番打者は9番打者より犠打が多い傾向にありましたが、
今季は例年の半分以下に留まり、以前ほど2番打者に対して犠打が要求されなくなった様子が窺えます。
一方で、8番打者と9番打者を除く他の打順でも犠打は減っており、
「2番打者に」というよりは、「一定以上の打撃が期待できる全ての打順に」犠打が要求されなくなったようです。
各チームが犠打という戦術を取ること自体に消極的になったと考えるのが妥当かもしれません。
犠打の減少と攻撃型2番打者
前述の通り、犠打の減少傾向は多くの打順で確認できるものの、
最も大きい煽りを受けたのはやはり2番打者で、率と数の両面で最も大きく犠打を減らしました。
「犠打を要求される機会の多さ」という点に関して言えば、2番打者の特殊性は相対的に薄らいだと言えます。
これは裏を返せば「犠打が上手くなければ使えない」という2番打者の制約が弱くなったことを意味しており、
首脳陣から見れば、2番打者として起用できる選手の幅が広がったことに他なりません。
こうした起用法の自由度の向上を受けて、2番打者の打撃傾向は変化したのでしょうか?


2006年から2016年のリーグ全体の打順別の出塁率とISO(=長打率-打率)の推移です。
シーズンの環境の差を考慮するため、該当年の全打順平均が100となるように補正を行いました。
例年と比べて2番打者の打撃内容に変化はなく、出塁力と長打力の低い選手が配置される傾向は変わっていません。
首位打者を獲得した昨季の川端慎吾のような、
バントをしない攻撃力の高い2番打者を「攻撃型2番打者」と定義するならば、
そのような打者が増えている形跡は現状では確認できません。この辺りは一般的なイメージと齟齬があるようです。
犠打が以前ほど必要とされなくなったにも拘らず、2番打者の打撃内容に変化が見られないということは、
犠打や出塁力や長打力よりも重視されるスキルが他に存在することを示唆しており、
各チームの首脳陣がどのように2番打者を選んでいるのか、その判断基準が気になるところではあります。
本塁打が増えると犠打は減る
2番打者を中心に犠打が減ったことが分かりましたが、そもそもなぜ犠打を減らすという判断に至ったのでしょうか?
今季の他には2004年、2005年、1980年が犠打の少ないシーズンとなっていますが、
これらの年は歴史的に高い反発力を持つボールが使われたシーズンに他なりません。(Wikipedia:ボール(野球)が詳しいです。)
これはもちろん「反発力の高いボールは犠打がしにくい」という訳ではなく、
反発力の高いボールを用いたシーズンは本塁打が出やすく、犠打以外でも走者を進塁させる機会が多く発生するために、
アウトカウントを犠牲にしてまで走者を進塁させるメリットが薄い、という攻撃側の判断によるものだと考えられます。


1950年以降のセリーグの犠打/打席とHR/打席の推移です。
犠打を多く用いる戦法が普及した1980年以降では、本塁打の増えたシーズンは犠打が減るという傾向が確認でき、
2000年以降に限れば決定係数は0.44、犠打の増減の40%強は本塁打の増減で説明できるようです。
しかし、今季は本塁打の出やすいシーズンではありません。
2016年のデータ(赤丸)は散布図において近似直線から大きく外れたところに位置しており、
本塁打の出やすさでは説明が付かないのが今季の犠打減少の特徴となっています。
優勝チームへの追随
かつて黄金時代の西武ライオンズが犠打を多用する戦術を採用した際に、
本塁打は増加傾向にあったにもかかわらず、西武に引っ張られるように他球団の犠打が増えたという事例がありました。
昨季のセリーグは最少犠打のヤクルトが制しており、他球団がこれに追随した可能性も考えられます。

※「犠打/打席+」はリーグ平均を100とした犠打/打席の傑出度を示す。
最も少ない犠打数で優勝したチームは過去に11例、21世紀以降に限定しても3例も存在します。
昨季のヤクルトのような「少ない犠打で優勝したチーム」は決して珍しくないようで、
これだけに減少の理由を求めるのは少々苦しいという印象を受けます。
・犠打を多用する監督(和田豊・中畑清)の退任
・犠打を好まない監督(金本知憲・ラミレス)の就任
・「2番川端慎吾」に代表される犠打の少なさを強調する起用法の存在
ヤクルトの優勝にこの辺りの要因が複合的に絡み合った結果、
各チームが犠打に対して消極的な姿勢を取るようになったのではないでしょうか。
これが短期的な傾向で終わるか、長期的な傾向になるのか、今後も注意深く見守っていきたいところです。
※2016年のデータは6月終了時点のものです。
※RE24から見る無死1塁でのバントの損益分岐点 - Baseball Scholeでは、
無死一塁で打者がOPS.332以下の場合、強硬策よりバントの方が得点期待値の毀損が少ないという研究結果が出ています。
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