本稿では2021年に向けたソフトバンクの戦力分析を行っていきます。
大まかに以下のような流れで進めていきますので、よろしくお願いいたします。
目次
1. チームの貯金と得失点差
2. 各ポジションの得失点差への寄与
3. 優先強化ポジションの特定
4. 優先強化ポジションに対する選手供給の見込み
5. 総括
チームの貯金と得失点差
まずはAクラス入りや優勝にどの程度の上積みが必要か把握するため、チームの貯金と得失点差を確認します。
日本プロ野球では、「得失点差」と「貯金」が極めて強い相関関係を持つことが知られており、
「得失点差の1/5」で「貯金」をおおよそ近似できるという経験則があります。
一般的な目安として、優勝するためには「貯金20」、Aクラス入りには「貯金0」が必要です。
得失点差に換算して、優勝するためには「+100点」、Aクラス入りには「±0点」が必要になります。
それを踏まえた上で、初めにパ・リーグ6球団の貯金と得失点差を確認しましょう。

ソフトバンクの得失点差は+142点でした。前述の関係式からすれば貯金28が期待できる得失点差であり、
実際はこれとニアミスの貯金31となったことで3年ぶりの優勝に輝きました。
試合あたりの得失点差(+1.18点)は工藤政権下では最高値で、試合数の少なさを踏まえると際立った成績だと言えます。
優勝を達成するために必要な得失点差+100点は既にクリアしています。
2021年シーズンに向けて、現状から40点ほど得失点差が下がっても優勝ラインをキープできる状況です。
各ポジションの得失点差への寄与
次に、得失点差の最適な上積み方法を考えるために、「得失点差がどのポジションからもたらされたか」を見ていきます。
そのために仮想的な「全てのポジションが平均的な選手で構成されたチーム」を考えて、
このチームと比べて「各ポジションで得失点差を何点分上積みできたか」をここでは評価します。
全てのポジションが平均的な選手で構成されたチームは得失点差が±0点となります。
このチームと比べて「各ポジションが得失点差を何点分上積みできたか」が分かれば、その合計からチームの得失点差を説明できます。
得失点差を改善する手段は、得点を増やす、失点を減らすの2つがあります。
野手は平均と比べて「どれだけ打撃で得点を増やしたか」と「どれだけ守備で失点を減らしたか」、
投手は平均と比べて「どれだけ投球で失点を減らしたか」という観点で、各ポジションの寄与を評価していきましょう。
ここでは打撃はwRAA、守備はUZR、投球はFIPを使用して、「得失点差の改善に何点分寄与したか」を定量化しました。
UZRは
1.02 - Essence of Baseballのデータを12球団平均基準からリーグ平均基準に変換して算出しています。
10点以上のプラスポジションを
強み、10点以上のマイナスポジションを
弱みとして強調しました。

捕手は甲斐拓也、中堅手は柳田悠岐の働きによって強みとなった一方、
左翼手はコロナ禍の影響でグラシアルの出場が減ったため、唯一の弱点ポジションとなりました。
柳田のプラスがあまりにも大きい一方、他のポジションであまりプラスを稼げていない極端な構成となっています。

先発投手と救援投手は、どちらもパ最大のプラスを計上する強みポジションとなりました。
近年のソフトバンクは、構成選手が入れ替わりながらも投手陣全体で大きなプラスをキープすることが多くなっているため、
特定の好投手の存在というより、投手育成のメソッドがアドバンテージの源泉となっているようです。
優先強化ポジションの特定
次に、優先的に強化すべきポジションを特定していきます。
なぜチームの弱みと強みを見てきたかというと、「弱み」がそのまま優先的に強化すべきポジションとなるからです。
一般的にマイナスが大きいポジションほど強化の費用対効果が高くなるのがその理由です。
例えば、「±0点のポジション」を強化して得失点差を20点改善する場合、「+20点の選手」を連れてくる必要があります。
しかし、「-20点のポジション」に狙いを定めれば、「±0点の選手」を連れてこれば同じ改善効果を得ることができます。
「+20点の選手」よりも「±0点の選手」の方が手に入れやすいですし、必要な年俸も安く抑えられます。
ここまではそうした理由で2020年時点におけるチームの強みと弱みを見てきたわけですが、
ここから「翌シーズン以降に弱点となりそうなポジション」を考えるには、もう一つ考慮すべきファクターがあります。
それが「年齢」です。なぜなら年齢は翌シーズン以降の成績予測に活用することができるからです。
10代でプロ入りした選手は、デビューとともに勢いよく成績を伸ばしていきますが、
ある年齢になると成長が止まって成績が伸びなくなり、以降は加齢が進むほど勢いよく成績を落としていきます。
つまり、ポジションを構成する選手の平均年齢が他球団よりも高いと、それだけ急激な成績低下が予想されることになります。
ここでは縦軸を「得失点差への寄与」、横軸を「平均と比べていくつ高齢か」として各ポジションをプロットしました。
右に行くほど高齢のため「得失点差への寄与」の悪化が予想されるポジションであり、
左に行くほど若さのため「得失点差への寄与」の改善が予想されるポジションとなっています。
現状で既にマイナスを出していて、今後も悪化が予想される右下のポジションほど優先度が高いと言えるでしょう。

相対的に右下に位置するポジションは、三塁手、左翼手、指名打者の3つ。
三塁手はレギュラーの松田宣浩が高齢になってきており、弱点ポジションに転落するリスクが高まってきているほか、
左翼手と指名打者は比較的高齢で大きめのマイナスを計上しています。これらが優先強化対象となります。
なお、キャンプでは右翼手の栗原陵矢を三塁手にコンバートする動きがあるようです。
これが上手くいけば三塁手の問題はほぼ解決しますが、栗原は三塁での出場経験がないため見通しは現状不透明です。
ここは栗原のコンバート成功に期待しつつ、並行して候補となる三塁手を用意していくべきでしょう。
また、先発投手からはムーアの流出が確定しています。
ムーアは先発として78イニングを投げて大きなプラスの寄与を稼いだため痛手ではありますが、
選手層の厚さを考えると先発投手が弱点に転落する可能性は考えづらく、穴埋めを優先する必要性は薄いと思われます。
優先強化ポジションに対する選手供給の見込み
次に、優先強化ポジションに対してどのような選手を供給できそうかを見ていきます。
選手を供給する手段は、二軍から引き上げる、ドラフトで獲得する、他球団から獲得する、の3つがあります。
これらの手段による選手供給の見込みをそれぞれ確認していきましょう。
二軍からの選手供給まずは二軍の選手が記録した「得点を増やす能力」「失点を抑える能力」から、二軍からの選手供給について確認します。
ここまで書いてきたように、これらの能力は打撃・守備・投球の3項目によっておおむね説明できますが、
守備については最も高精度な指標であるUZRが手に入らないため、ここでは打撃と投球のみに着目していきます。
ここでは「打撃で得点を増やす能力」はwRC+、「投球で失点を抑える能力」はFIP-を使って定量化します。
どちらも二軍平均を100として、打者の得点創出力と投球の失点抑止力が平均の何倍かを示します。
wRC+が150なら二軍平均の1.5倍の得点創出力を持つ、FIP-が50なら二軍平均の0.5倍に失点を抑える能力を持つことになります。
以下では縦軸をwRC+およびFIP-、横軸を年齢として各選手をプロットしました。
過去の統計的な研究からは、打者は27歳まで、投手は22歳まで成長を続ける傾向があることがわかっています。
現状で好成績を残していて、かつ成長も期待できる左上に位置するのが、一軍への台頭が期待できる選手(プロスペクト)となります。

左上のゾーンかつ優先強化ポジションに該当する選手は、三塁手の野村とリチャード、外野手の水谷と柳町となります。
年齢に対して優れた成績を残しているのが、高卒2年目で19歳の水谷瞬です。
昨季は打席数が少なかったものの、二塁打・三塁打・本塁打を量産して二軍トップレベルの長打力をマークしました。
三振が多いなど弱点も目立つため一軍定着にはまだ時間がかかりそうですが、将来的に外野手でプラスを生む可能性も考えられます。
また、昨季は手術明けで試合に出られませんでしたが、増田珠も三塁手では特筆すべきプロスペクトの一人です。
高卒2年目の2019年には三塁手の中では二軍トップレベルの打撃成績をマークしました。
栗原の三塁コンバートが上手くいかなかった場合、松田宣浩の後継候補として真っ先に名前が挙がる選手でしょう。
ドラフトによる選手供給次にドラフトで指名した選手について見ていきましょう。
ここではソフトバンクの指名選手と、パ・リーグ各球団の指名選手をまとめました。
また、育成選手は1年目から編成に影響を及ぼすほど一軍の試合に出場するケースは稀なので、ここでは記載していません。


三塁手の即戦力確保を狙いましたが、1位指名では大卒三塁手の佐藤輝明を抽選で外したため、
高卒選手を5人指名する高校生ドラフトに舵を切るかたちとなりました。
2021年中のチーム力アップを狙うより、ポテンシャルの高い選手を獲って将来の強みを作り出すことを重視したと思われます。
補強による選手供給最後に他球団から獲得した選手を見ていきましょう。
こちらも育成選手は1年目から一軍の試合に多数出場するケースが少ないため、ここでは記載しません。

先発投手のムーアとバンデンハークが退団したため、
外国人枠の投手部分を埋め合わせる形でマルティネスとレイを獲得しています。
左翼手と指名打者は補強で埋めやすいポジションなので、何かしら手を打っておきたかったところですが、
グラシアル、デスパイネ、バレンティンが3人とも複数年契約で残留したため、
外国人枠と予算の都合で身動きが取れなかったというのが正直なところかもしれません。2021年は3人の復活に賭けることになります。
総括
優先的に強化すべきポジションは三塁手・左翼手・指名打者の3つ。
これらのポジションに対して、即戦力レベルの選手を獲得する動きはありませんでした。
よって、栗原の三塁コンバート、二軍からの若手の台頭、外国人打者の復調だけでこれらを埋めていかなければなりません。
ソフトバンクが短期的な強化に対して消極的だったのは、
2020年の戦力が圧倒的だったため、2021年は底上げを行わなくても逃げ切れると判断して、
2022年以降に新しい強みを生み出すことを優先したためだと思われます。これは黄金時代の存続を強く意識したものでしょう。
現在のソフトバンクは、柳田悠岐の中堅手を始めに強みポジションの多くが高齢化しています。
今後は時間経過とともに得失点差の低下が予想されるため、これは現在の黄金時代が終盤に差し掛かっていることを示唆しています。
+100点以上の得失点差をキープするためには、プラスが縮小する前に新しい強みポジションを作らないといけません。
2020年のドラフトでは素材重視で高校生野手を重点的に獲得した上、
二軍にもプロスペクトを多く抱えており、育成状況もパでは最も充実していると評してよいと思われます。
彼らの中からどれだけ次世代の強みを生み出せるかに、黄金時代の存続がかかっていると考えます。